くすりになるはなし。

ほんわかする話から惚気話まで。

夫の転職は正しかったのか、2か月後の振り返り。

夫が転職して2か月。生活は劇的に変化し、少し落ち着きつつはあるものの依然として慌ただしい日々を過ごしている。

中でも最も変化したのが、帰宅時間。転職前は遅くても19時には食卓に並べていたのに、今では帰宅自体が早くて19時半、もっと遅いと20時すぎることもある。通勤時間は変わっていないので、単純に残業時間が増えたのだ。すなわち、私が夜に家で夫を待つ時間が長くなった、ということになる。

なんか寂しい。

残業時間はコンピューター管理で厳密、残業代も全額支給される。遅いと言っても三六協定に抵触しない時間に収めているので理論上なにも問題ない。ただ、私が寂しいという超絶なる感情論で、私はこの転職が正しかったのか、一抹の不安を覚えた。

 

前職の夫は、穴を掘って埋める仕事、あるいは子猫を殺す仕事*1をしていた。正確に言うなら、某大企業のメーカーで上司&上層部の非理論的で気分によって変わる「けいえいびじょん」を叶える使命を背負った技術開発職をしていた。

(ちなみに元上司の名言四天王は「そんな不具合が起こるはずがない」「それは前に改善したって上に報告してるから今更言われても困る」「予算ゼロで出来ない改善案は無理」「残業時間を正直に書くな。俺に嫌がらせをしたいのか」である)

遠距離恋愛からのスピード婚だったが、同居してから見た生活者としての夫は明らかにおかしかった。最初は2人とも幸せでいっぱいだったが、結婚後2か月くらいで夫が「ストレス感じにくい体質だから」と死んだ眼で笑いながら職場に対する愚痴を垂れ流す日々が始まった。

「嫌なら中から改善するなり異動願を出すなりすれば?」

入浴中、いつものように愚痴る夫にぶつけた私の素朴な疑問は「数年前からやってるけど上司に握り潰される」のひとことで一蹴された。

「なら辞めれば。あ、辞めるなら次の仕事を決めてからにしてね」

短絡思考の私はサラッと言っていた。どうしてそんなことをしてまで会社にしがみつくのか分からなかった。今のところにいても何の経験も積めず、矛盾がピークに達したときに破綻の責任を上司から押し付けられるだけなのは目に見えていたのに。

「へ、いいの?」

夫は、目が点になっていた。

 

夫としては、結婚したからには妻を養わなければいけない、と逃げ道を塞いで金稼ぎに励むつもりだったらしい。世の中の男は結婚したら保守的思考に走るものだ、妻が専業主婦なら特に、と。

何を言っているんだろう、この人は。

と、私は心底思った。残念ながら、私と夫の思考回路はここにおいて決定的に違っていたらしい。

私としては、3年後、5年後、自分がどういうキャリアを歩みたいか。そのビジョンは現職でかなえられるのか。自分の進みたいキャリアを進めるなら現職に残ればいいし、未来が見えないなら自分を切り開ける道に進路を変えればいい。職業柄、独立開業できる類のものではないから転職するしかないが、夫はアラサー終盤。非管理職のキャリアが通用するのは今が限界だろう、と私は考えていた。

それに、私は専業主婦といっても国家資格を2つ*2持つ、全国どこでも食いっぱぐれない人種である。おまけに子どももおらず、専業ゆえに転職場所も時期も完全に夫の都合で決められる。既婚者としてはあり得ないくらいの身軽さである。

「そんな私を言い訳にして、仕事に対して思考停止してるだけじゃん。考えなよ。行動しなよ。愚痴るだけじゃ何も変わらないよ」

 入浴後、夫はその足でPCに向かい、転職サイトに登録した。

 

そこからすんなり、というわけにはいかず、夫の転職活動は7か月にも及んだ。中盤で未来が見えない会社から内定をもらい、転職活動に疲れてきた夫が妥協で決めようとしていたが、嫁ブロックを発動して辞退させた。妥協したら夫自身が後悔する、と自分自身に言い聞かせ、私は鬼嫁になった。

受けても落ち、受けても落ち、夫が諦めかけたとき、夫の熱望する職種の求人(稀少らしい)を見つけた。「この業種は求人が出ないわりに人気だから厳しいよね」半年間お祈りされ続けた夫は、すっかり弱気になっていた。

「応募はタダなんだし、出してみればいいんじゃない。上手な鉄砲も打たなきゃ当たらないって言うし」

私の無責任でてきとーな言葉にノセられてダメ元で応募した求人だったが、先方から「ぜひ我が社で活躍してほしい」と言われ、あれよあれよという間に選考が進み、気がついたら内定通知を頂いていた。

 

そんなこんなで夫は大企業から中規模の会社へ転職した。

給料は微増、福利厚生も前職と遜色なく、残業管理もしっかりしている。専攻分野唯一のエキスパートとして少数精鋭部隊の中で入社当初から即戦力として研究テーマを複数持ち、早速成果を出し始めている。人間関係も穏やかで良好。ただ、少し帰る時間が遅くなった。

客観的に見れば驚くほどの成功事例に見えるのに、私はなぜ不安を覚えるのか。

ああ、そうか。

夫の口から転職に対する感想を聞いていないからだ。

というわけで、いつものように即断即決即行動の私は早速、夫に転職してよかったかどうか聞いてみた。

「えっ、よかったに決まってるじゃん。自分の仕事が成果になって、お金になるんだよ。毎日穴掘って埋める作業じゃなくなったんだよ。建設的な議論ができて、いろんな人との繋がりが持ててコネも作れるようになったんだよ。前職に戻るとか考えられない」

何を言っているんだろう、この人は。という視線を盛大に向けられた。

ひどい話である。

 

夫は、専門職としてのスキルを活かせる場所で技術を磨いていきたい、という将来設計を持って転職した。夫は「私が背中を押してくれたから良い転職ができた」と言ってくれるが、普段なら何も言わずに候補から外すところを私に相談したから得られた縁なので、夫がなりたい自分像をしっかり持って言葉にした行動力と、求人に巡り会えた運がモノを言ったのだろう。

ともあれ、結果的に見れば夫の転職はよいものだったらしい。よかったと言われて振り返れば、転職してから眼が生き返ったような気がするし、悩まされていた口内炎の訴えも最近は全く聞いていない。この危機を2人で乗り越え、夫婦の絆も深まったような気がする。帰りが少々遅くて寂しい、程度の悩みが吹き飛ぶ程度には。

そして、私は気付いてしまった。

私は寂しいのではなく、寂しいアピールをして「ごめんね~よしよし」と甘やかしてほしという、ただのお子ちゃま的な末っ子根性が爆発しているだけなのだと。それを夫が気付いているから、文句ひとつ言わず甘やかしてくれるのだと。

……ま、いっか。気付かなかったフリしてもうちょっと甘えよっと。

 

今週のお題「今の仕事を選んだ理由」